愛とは?
こんにちは
あおきゆうこです。
発覚後、愛ってなんだろう?
それを必死で探しました。
いろんな定義があって、人によって違うものだし、正解はない。
今はそう思っております。
そして
わたしの中での愛とは
理解しようとすること。
自分のことも、他者のことも。
結果、理解できないことの方が多いかもしれない。
それでも、理解してみようとすること。
そして、自分のため、他者のために行動できることはなにか?
に、基づいて行動することが愛なのかなと。
☆
自分のことを理解し、自分のための行動ができていますか?
日本人の気質かなと思いますが、他者の目を気にして、自分のための言動ができない人がとても多いように思います。
奥ゆかしい文化だといってしまえばそうなのかもしれない。
けれど、結局のところ、自分への愛なくして、他者に愛を注ぐことなどできないんですね。
基本、人は自分が一番大切に思うようにできているから。
よく、不倫する人のことを
あの人は自分が一番なのよ。と怒る人がいますが、それはみんなそうだよ?ってこと。
もし、自分より相手が大切なら、不倫されたとしても怒りはでないはず。
自分のことが大切だから、自分の価値観にないことをして、自分を傷つける人に怒りがわくのです。
そして、それでいいんですよ。
不倫した人、している人に怒りがわくのは、自分を大切にしている証拠でもあります。
ところが、相手への怒りより、自分を責める人もけっこう多くて、その場合はもっともっと、自分を理解しようとすることが、大事かなと。
いつも、記事にも書いていますが、
不倫問題から抜けて、スッキリしていく人というのは、自分の腹の中、心の中に溜め込むことなく、放出していく人です。
ただ、湧き上がる怒りの放出というよりは、そのマグマのような怒りの下にある、それこそ純粋な自分の想いの放出こそが重要
その純粋な自分の想いを、自分が理解しようとすることこそが、真の自分への愛
とことん、自分と向き合えば、何を欲しているのか?
何がいやなのか?
ちゃんと理解できるようになってきます。
そしたら、あとは勇気を持ってそれに添う行動をするのみです。
魂は愛でできている。
だから、愛の行動しか波動が合わないんですね。
自分のことをないがしろにすると、不調和が起こるようになっています。
不倫というのは、自分と向き合うことを放棄する結果、安易にごまかせることに情熱を注ぐことで、見事不調和が育っていってしまうもの。
隠れてコソコソすることに、調和する事象がくっつくわけはなく、水面下で不調和の種はどんどん育つのですね。
また不倫された側も
こんなことを言ったら嫌われる
こんなことしたら捨てられる
そんな思い込みを抱くような、本来持っている別の傷の存在に気づくことなく、ただ怯えすぎ、自分の真の想いに蓋をすることで、これまた不調和の種は育ってく。
どこで、気づく?
どこで、自分を理解しようと向き合う?
☆
自分の想いに誠実に、正直に生きよう。
そう決断したら、必ず宙は味方をしてくれる。
けれど、恐れから、自分を理解することを放棄したら、宙は、軌道を戻すためのメッセージを送り続けてくる。
それも調和の一つだから。
宙からきたメッセージ、しっかり受け取ることです。
あなたが、あなたを大切に、自分を理解しようとするとき、必ずうまくいくようになっている。
自分を信じることです。
☆
わたしは、不倫問題があったおかげで、そんなことを知ることに恵まれたと思っています。
自分に真摯に誠実に向き合うと決めてから、今に至るわけですが、それをするようになってから、周囲もわたしに、真摯に誠実に向き合ってくれるようになりました。
自分の出したものしか得ることはない。
それが、法則であるなら、しのごの言わず、欲しいものをまずは出すこと。
夫の愛が欲しいなら、まずはあなたが、あなたへ愛を与えることです。
自分のことを理解してみようとすることで、夫に何を伝えたいのか?
がわかるはず。
あとは、勇気を出して伝えることです。
もし、あなたが、夫と生涯を共にすることが幸せなのだとしたら、伝えれば、伝えるほど二人の距離は縮まるし、うまくいくようになります。
なぜなら、伝え合うことで、相手を理解しやすくなるから。
伝える=喧嘩する
ということではないです。
とはいえ、
喧嘩になることもあるかもしれない。
でも、それもありではないのかな?
わたしにとって
愛とは理解しようとすること。
あなたにとっての愛ってなんだろうね?