夫婦再生のヒント

疑ってしまうこと

2016/10/19

こんにちは

あおきゆりこです。

夫が女と別れた。

とはいうけれど、もしかしたらまだ続いてるのかもしれない。

ふと、そんなふうに疑ってしまうこともあるかと思います。

そして、そんな自分を

また、疑ってしまった。

信じることができない。

と、自分を責める方も多いかもしれません。

いつも講座では話すのですが、

そういう気持ちが出るのって

当たり前!!

裏切られたのですよ?

裏切られてたってことがわかったのでしょう?

一度、そんなことがあったら、すぐにまた信じようといくら思っても無理

無理なんですよ!!

人間には防衛システムってのが装備されているので、裏切った人のことを、また何もなかった時のように信用するなんて無理なの。

そして、信じられないなら信じなくてもいいし、疑ってもいいじゃない?

え?それで夫婦としてやっていけるのか?って思いますか?

はい、大丈夫です^ ^

まずは、疑っている自分

信じられないと思う自分

それが今の自分だということを認めよう。

だって、それだけのことされたのよ?

怒り狂っていいのよ?

無理に抑え込んで、そんなことしたヤツの機嫌取らなくてもいいのよ?

でも、それができなかった人も、これまた多い。

夫に怒りが向くより、自分がこんなだから、夫は不倫したんだと、いきなりそっちにいってしまうと、巧妙に怒りはなかったかのように自ら抑え込んでしまうから、エネルギーは溜まったまま。

怒るって、悪いことではなく、人間に備わる防衛システムの一種

怒ることと、恨みとして残していくこととはまったく違うこと

そして、怒ることができなかった人ほど、疑う気持ちも大きくなるし、信じられないと思う当然の気持ちまで否定しがち。

そして

怒るといっても、ちゃんと本心に気づいてますか?

ってところも大事なのね。

不倫なんていう、してはいけないことをしたことに怒ってる人もけっこう多いのではないかな?

いやいや、してはいけないから、腹が立ってるのではないよ?

ってところ。

隣のおっさんが、不倫してたってきいたとき、腹が立ちます?

ひどいヤツだなあ。

アホやなぁ。

とかって思いません?

怒り湧きます?

自分の夫が不倫してたっていうのとは、まったく違うかと。

なぜ?

どんな想いが根底にあって怒るのだろう。

信じていた。

安心していた。

好きだった。

愛していた。

そんなこと、普段近すぎる距離ゆえ、改めて考えることがなかっただけで、実は肯定的な気持ちでいたのではないのかな?

なのに。。。

踏みにじられたわけだから、そりゃあ腹立ちますよ。

で、肝心なのは、不倫が悪いとか、そういう常識的なことを怒るのではなく、

その行為でどんな気持ちを踏みにじられたのか。

そこ、伝えましたか?

怒り狂った!

という方も、そこ伝えてますか?

もちろん、発覚したとき、イカレポンチ状態であれば、そんなことを伝えたところで、逆ギレされたり、無視されたりってこともあるかもしれない。

でも、伝えられていたら、少なくとも立ち直りは早くなる。

それだけ、楽になっていくのが早くなるってこと。

妻に愛されていない。

そんなふうに勝手に思い、寂しい気持ちから、不倫に走った人も少なくない。

そういうケースなら、わかりあえることで良き方向に向いていく。

まあ、いずれにせよ

コミュニケーションをとるのは、大切なこと。

言いたいことがいえない。

だから、疑う気持ちや信じられない気持ちも大きくなっていくことにつながったりね。

でも、まずは、どんなときも、わいてくる自分の思いを否定しないことです。

疑っている自分がわかれば、そこ話そうよ。

喧嘩になるのを嫌がるのではなく、仲良くなるために通る道

夫婦ってね

たぶん

とても絆が太いのだと。

太いからこそ、何かがあったときの怒りや恨みや傷つき方も大きくて、

自分の活動が止まるくらいの衝撃がくるのだと。

それでも、やり直したい?

もう終わりにしたい?

それは、今はわからなくても、あなたが自分の心のまま動けるようになったとき、

話せるようになったとき

あなたの心が喜ぶことへと繋がる選択ができるようになりますよ^ ^

これは事実だというつもりはないのだけれど、

一度でも夫婦になったということは、それだけ太い絆での繋がりがあり、たとえ離婚したとしても切れることはないように思います。

本気で愛しあった時間があったということは、離れたからといって変わることではない。

でも、太い絆であっても、終わる関係はあるわけで、ご縁がなかったということではなく、

さらに、別の人とのご縁が待っているということではないのかなと。

50歳を過ぎてから再婚した。

という人たちを知っているけれど、本当に幸せそう。

その人たちに共通するのは、離婚した相手を恨んでない。

というところかな。

とことんやりあった、話し合ったけど、夫婦関係を終わらせることを選択した。

あるいは、離婚した当時は恨みつらみでいっぱいだったけど、時間と共に大切なものがみえていった。

やはり、夫婦って互いの魂の進化のために一緒になるように思う。

だから、終わることもあるのかなと。

そして、それを怖がらなくてもよくて、どんなときも、どんな想いもまずは大切にしてほしいなと。

なので、疑うということも、そこから何かの進化につながるのだということ。

何1つ、悪い想いなどない。