夫婦再生のヒント

愛する

2016/02/16

こんにちは

あおきゆりこです。

今日は つれづれに書いてみようと思います。

感謝するという気持ちが感謝を呼び、そして幸運をつれてくる。

感謝なくしては始まらない。

それは本当にそうだと思います。

感謝するって言葉的に言うと動詞ですので、自分の意志でそれはできるのですね。

ありがたいなって思う。

って感じでしょうか。

でもね。。。

自分の体験上、そしてクライアントさんたちの体験上

ありがたいって思う。

という程度では そのもう一段上のプラスアルファは起こらないように思うのね。

動詞としての感謝する ではなくて

感情として感謝です。

感謝の想いが溢れるっていう感じ

これを感じられるときというのは、心が満たされているということが条件になるはず。

好きなことをしている。

好きな人と一緒にいられる。

そういう何かがあったときでないと、感謝の想いが溢れることはまずないのでは?

お恥ずかしい話ですが、わたしは何十年も生きてきているのに、この感謝の想いが自然に溢れる。

というのを経験したのは、数年前です。

もちろん、それまでもたくさん感謝の気持ちはもっていたし、感謝もしてきましたよ。

でも、違ってた。

言葉にならないほどの溢れる想い。

わたしにその想いを直接的に感じさせてくれるその人にというより、その出来事にというより、その位置においてくれている大いなるものへの感謝の気持ちという方がピッタリときます。

人の器に応じた喜びがあるのだとしたら

わたしの場合は、喜びから受け取ることができないタイプだったようで、まず悲しむことが必要だったのだと思います。

とことん、悲しむ、苦しむ。という負の出来事から自分の器の底を広げたというイメージをしてみてください。

底を広げるってことは、上にも大きくなりますよね。

だから、喜べる自分に変わっていったということ。

過去にもいろんな喜び事はありましたよ。

幸せも感じて生きていました。

でも、今とは違うのね。

わあ!うれしい! 幸せだ! ありがたい!

と思ったとしても、それを与えてくれた直接的な人にお返ししようと思ったくらいで、大きな括りで恩返しをしたい。とまでは思わなかった。

よく母が、

人からの親切はありがたく受け取ればいい。

その人に返さなくても、返せるときになれば そのとき困っている人に親切にすればいい。

そんなふうに言っていたのですが、これこそが循環させよってことだったのだなと。

心の底から実感したのが数年前です。。。。

やっと気づいたかってあの世で思ったことでしょう(^-^;

幸せになっていいんだと自分に許可をするということも、いまいちピンとこなかった。

いやいや、すでに幸せでしたけど?って。

これも、そういう意味ではないんだと今ならわかります。

自分の中にある「愛する」を大事にしていいということ。

愛しているものだけを大事にする人生ってとっても素敵だと思います。

そんなの無理でしょって以前のわたしなら思ったかもしれない。

でも、今は ぜんぜん無理ではないよねって思います。

愛する人、物 場所 だけに囲まれるなんて ほんとに素晴らしくて、それこそ感謝が溢れてくる。

わたしの中では、愛するということと、好き は微妙に違っているんですね。

好きというのは、別の瞬間に 嫌いとか、興味ない。に変わる。

でも、愛するって永遠っていうイメージかな。

好きは ピンポイントだけれど、愛するって嫌いな面とかも含めての愛

たとえば、景色で言うと

大都会の景色、大好きなんですよ。

大都会の景色を愛しているから、高いところから見下ろすのが大好きで、その場所にいくと

ほんとに幸せを感じて、そこに身を置けることに感謝が溢れます。

でも、大都会って空気はきれいだとは言えないし、人は多いし、上から見る分には、いいけれど。。。。

それでも大好きです。

夕陽が海に落ちる景色、大好きで愛しています。

夕陽が沈む間。沈んでも30分ほど、ボーっとみていると 幸せを感じるし、とめどなく感謝の気持ちが溢れます。

でも、きれいな海や、きれいな夕陽がみれるところって、あまり開けていないわけで街並みはきれいだとはいえなかったり、自然が多いっていうことは、虫なども多いわけで・・・・

それでも好きだということ。

人も同じですね。

好きだと思える部分を持った人に惹かれます。

でも、なぜ人に限っては、いやな面を変えたがるのでしょうね?
自分好みに・・・

それ無理なのに。

その人を愛するっていうことは、自分にとって嫌な部分もあって当たり前だっていうこと。

自分のクローンじゃないんだから、違うところがありますよね。

愛する人と愛する景色を共に味わえることほど、わたしにとっての幸せはないです。

それができたとき、過去すべてに感謝が溢れる。

どれか一つ違うだけで、今がないかもしれない。

出会えた方々 すべてのおかげで今があるわけで。

そう思うと、すべての人が幸せを味わってほしいと思うのです。

子供たちには、未来は希望と可能性で満ちていると思って育ってほしいし、大人だってまだまだ自分を開放して 貪欲に幸せを味わっていいんだと思ってほしい。

わたしのブログを読み来てくださる方々は、おそらく 今 底を広げている状態なのかなと。

少し気分が落ち着いているときには、自分にとって愛する人、物 場所って?

を広い範囲で思い出してみるといいかなと。

そして、再会することを考えてみたり、会いに行くことを考えてみたり、購入することを考えてみたり、その場所へ行くことを考えてみたり。

そんなふうに、あなたの幸せが広がるところにフォーカスすると、手にしやすくなりますよ。

苦しみを感じているときには、心の器は、喜びを感じるスペースも広がっているということ。

だから、そこにフォーカスしないのはもったいない!!!

さて、今年は、どれだけの 愛する場所へ足を運ぶことができるかな。

愛する人たちと会えるだろう。

苦しみが深かった分、、もっともっと喜びが入ってくると思っています(^^)