夫婦再生のヒント

夫のために生きているの?

2013/07/08

この質問に、あなたなら、なんと答えますか?

私は私のために、私が楽しむために生きています。

と答える人は、おそらくあまり悩み事がないかと思います。

当然ですが・・・

自分自身のために生きるってなんだか罪悪感を感じたりする人の方がもしかして多いかもしれないなあと思います。

家族がいれば、家族のため。

子供のために生きているとかって浮かぶ人も多いかもしれません。

が、子供のために生きてしまっては、子供が自立して家を出たあと、その後の方が長い人生になるのに、どうするの???

そして何のため?

他人の役に立ちたいから生きているのですか?

他人って?

親?夫?子供?

だとしたら、その人たちが、その人自身のために生きたら、かなりきつい人生になりますよね?

では、お子さんのいる方に質問

あなたは、お子さんに誰のため、何のため、人生を生きてほしいですか?

親である自分のため?

結婚したら配偶者のため?

子供ができたら、子供のために生きてほしいから、今育てているのですか?

子供に何のために生きてほしいですか?

もちろん、社会に役立つ人間になってほしいという願いはあるでしょう。

それだけでいいの?

自分を犠牲にして働きづめで、社会に貢献する子供であれば、それでOKですか?

私は、子供には、自分のため、自分が楽しい!って思える人生を生きてほしいです。

そして、そういう人生を送るためには、家族や仲間が周囲にいて、助け合えるという環境が必要だよということ。

楽しむためには、責任も大きいということ。

自分の責任を果たし、最大限の楽しみを味わう。

そのために働き、遊んでほしいですねえ。

人は自由の中で、幸せを感じることができると思っています。

そして自由とは、大きな責任がついてまわるもの。

自分さえ楽しければいい。というふうになってしまえば、周りからはひんしゅくをかうでしょう。

自分が楽しいことで、自分の大切な人は泣いていないか?

傷ついていないか?

それが大きな責任だと思います。

人生も半分を過ぎた今ごろ、私はそういうことに気づいたのですね。

誰のために生きるのでもない。

きっと私の両親も、あなたは、あなたの人生を生きてほしい。

そういう願いをもってくれていたと思います。

なのに、なんだかがんじがらめに自分でしてしまって窮屈な人生を歩んできたように感じるのです。

だからこそ、これからは、自由に自分の人生というものを楽しみたいと心から思っています。

さて、では、そのために何をする????

って考えると、ワクワクしますね~~~(笑)

もちろん、一緒に楽しみたい人というと、「好きな人」とですよ。

夫もだし、子供もだし、友人たちと、楽しい時間をたくさん作っていきたいです。

自分が楽しい!と感じれば感じるほど、私を自由にさせてくれている夫に感謝できます。

あとは、、私の心が、もっともっと自由になることを私に許可するということなしなんですが。

こればっかりは、急に変われなくて、まだまだ自分を縛っているところが多いです。

でもね、数年後の私は、ノンストレスで生きていたいな~~

さてあなたは、誰のために、何のために生きているのですか?

*:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆

この記事は2年前に書いたものです。

この頃の私は責任も伴った自由こそが最幸!だということに気付いたのでしょうね。

でも、まだまだ自分を縛っているところが多いと書いています。

なるほど!!!!

これを書いた2年後の今の私

自分を縛るものがほぼなくなっています。

なんせ、結婚前の私は自分の人生を自分の思うとおりに歩いていたのですが
結婚っていうのは、自由ではないもの。

という思い込みがありました。

というのも、両親がそうだったから。

家族のために生きていた人たちだったので、自分を犠牲にしていたのです。

なので、それが当たり前だと思っていました。

特に母親になれば、子供が優先

母は子供のために犠牲になるのは仕方のないもの。

そう思い込んでいたのですけれど。。。

もっと早く気づきたかったというか、今気づけてよかったともいうのか・・・

自分自身を犠牲にしている限り、自分を生きているという実感がもてませんので、幸福感も得られないですよね。。。

犠牲ではなく、共に。。。

私もあなたも幸せを感じるためには?ってところを家族で探せばいいのです。

そんなふうにしてこなかったから、「歪」がでたのですね。

それが我が家の場合は、不倫問題に化して表面化したということ。

そして今ここを訪れてくださったあなたもそうなのかもしれませんね。。。

であれば、「歪」を訂正していけばいいのですよ。

あなたがもし、自分を犠牲にしてでも家族に与えてきた人であるなら、もっともっと自分の自由というものについて考えてみるといいかもですね。

私の場合は、この「歪」が訂正できたからこそ今の幸福感があるのだろうと思います。

さて、あなたの「歪」ってなんでしょう?